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小切手・電子記録債権等の振出と差押え

ブログサムネ
私は法的な論点についてその理論的根拠や妥当性について考えることが好きです。
ですので、学生の頃から友人や教授と法的な問題点について議論するということを頻繁に行っていました。
特に私が法科大学院に在学していたときはほとんど毎日そのような議論を行っていたという感じで、明るい時間帯はそのような議論を行い、それが終わったら飲みに行く、という感じで過ごしていました。今から思い出しても非常に楽しかったなと思います。
時が経って、私も私の友人も司法試験に合格し、それぞれが弁護士等として働いていますが、今でも電話等で議論をすることがあります。今回は、最近私と私の友人の弁護士との間で話題に上がった判例についてご紹介したいと思います。

会社の取引において手形や小切手を利用することがあるかと思います。
※2026年度末で従来の手形・小切手は廃止され、電子記録債権に切り替わりますが、電子記録債権も基本的には手形や小切手と扱いは同一ですの
 で、以下では「小切手」として記載していきます。

例えば、自社(X)が取引相手の会社(Y)から物品を100万円で購入したところ、その100万円の支払いのために小切手を振り出したとします。しかし、その小切手を振り出した後、支払いを行う前にYの他の取引先(Z)がYのXに対する100万円の支払請求権を差し押さえてしまい、その差押えの後にXが小切手の支払いを行った場合を想定します。
このような場合、裁判所からXの下へ差押命令の文書が届きます。この文書が届いた場合、YはXに対して100万円の取り立てを行うことができず、ZがXに対して100万円の支払いを求めることができるようになります。他方で、Xは差押命令文書を受け取った後は、Yに対して100万円を支払うことができなくなり、仮に差押命令が届いた後にYに対して100万円を支払ったとしてもXはZに対して「既にYに支払ったからZには支払わない」と主張することができなくなります。結果としてXはZに対して再度支払いを行い、Yに対して「既に支払った100万円を返せ」という請求を行うことになります。(民事執行法145条1項、155条1項、民法481条)
とはいえ、そもそもYはZから差し押さえを受けているわけですから、その後にYに対して「既に支払った100万円を返せ」という請求を行ったとしてもYにはその財産がないため回収できないということになる可能性が高いと思います。そうすると結局、XとしてはYにもZにも100万円を支払う形になってしまいますので、やはりXとしては差押命令が届いた後はYに対しては支払いを行わない方がよいということになるでしょう。
そうすると、上記小切手を振り出した例では、小切手を振り出したのが差押えよりも前ではあるものの、支払いは差押えよりも後であるためXはYに対して100万円を支払ったにもかかわらず、Zに対しても再度100万円を支払わなければならないこととなってしまいそうです。この点について判断した最高裁判所の判例が2つあります。
①最高裁判所昭和49年10月24日判決
 この判決は上記のようなケースについて、「本件工事代金債権に対する前記仮差押命令の送達を受けた日の前日、仮差押の目的である右工事代金支
 払のために代金相当額の小切手を債権者・・・に振出し交付したものであつて、このような場合には、同小切手の支払が、前記仮差押命令の・・・
 送達・・・後になされたとしても、これに対しては同仮差押命令の効力は及ばず、・・・同小切手の支払によつてその原因債権である本件工事代金
 債権が消滅したことを仮差押債権者・・・に対抗することができ、したがつて、同工事代金債権を目的とする前記債権差押ならびに転付命令はその
 効力を生ずるに由ないものと解するのが相当である。」として、差押命令が届く前に小切手を振り出していたのであれば、差押命令が届いた後にそ
 の小切手の支払いを行ったとしても差押債権者(上記の例でいうところのZ)に対して再度支払いを行う必要はないと判断しました。
 この結論自体は至極真っ当なものであり、特に異論はありませんが、判例解説などにもこの判決が示す結論の理論的な理由付けは示されていませ
 ん。
②最高裁判所令和5年3月29日判決
 この判決は上記の例でいうところのXが小切手ではなく電子記録債権を振り出したケースで、Zが差押命令に加えて転付命令まで得た場合について
 判示したものです。
 この判決において扱われた事例においては、差押命令が発付された上で、転付命令も発付されました。転付命令というのは、差押えを行った後に差
 押債権者(上記の例でいうところのZ)が差し押さえた債権(上記の例でいうところのYのXに対する100万円の支払請求権)を取り立てる方法
 のうちの一つです。
 この転付命令を行うことによって、転付命令文書が第三債務者(X)の下へ届いた時に、差し押さえた債権(YのXに対する100万円の支払請求
 権)が差押債権者(Z)の下に帰属することとなり、ZのみがXに対して100万円の支払いを求めることができるようになります(Zからすれば
 、Yの他の債権者との競合がなくなるという点でメリットがあるといえます。)。これによって、実際にZがXから100万円を支払ってもらった
 か否かにかかわらず、差押債権者(Z)の債務者(Y)に対する債務は100万円の限りで弁済されたこととなります。ZはXに対して100万円
 の支払いを請求することができるという利益を独占することができますが、その反面、Xが支払ってくれない場合には100万円の回収はできない
 こととなりますから、その意味でXが支払わない場合のリスクを引き受けなければなりません。
 さて、このケースについて判例は「第三債務者が差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を
 発生させた場合において、上記差押えに係る金銭債権について発せられた転付命令が第三債務者に送達された後に上記電子記録債権の支払がされた
 ときは、上記支払によって民事執行法160条による上記転付命令の執行債権及び執行費用の弁済の効果が妨げられることはないというべきである
 。」として、上記の例でいえば、Xが差押命令文書を受け取る前に小切手を振り出していたのであれば、転付命令がXの下に届いた時点でXがいま
 だその小切手の支払いを行っていたのでない限り(Xが転付命令文書を受け取った後に小切手の支払いを行ったのである限り)、転付命令の効力は
 失われず、ZはXに対して100万円の支払いを求めることはできないし、ZのYに対する債権は100万円の限りで弁済されたものと扱われると
 しました。
 つまり、Xが差押命令の文書を受け取る前に小切手を振り出していて、転付命令の文書を受け取った後に小切手の支払いを行っているのであれば、
 Zとしては転付命令の効力が生じていないとしてYに対する100万円の支払請求権に基づいて再度差押えを行うことはできないこととなりますが
 、Xが転付命令の文書を受け取る前に小切手の支払いを行っていたのであれば、ZはYに対する100万円の支払請求権に基づいて再度差押えを行
 うことが可能となります。
③上記判例を踏まえた検討
 上記2つの判例を踏まえると、差押命令との関係でみれば、差押命令送達前に小切手の振出しさえ行っていればその小切手の支払いに対しては差押
 えの効力は及ばないこととなります。他方で、転付命令との関係で見れば、転付命令送達前に小切手の振出しを行っていてもその小切手の支払いを
 行っていなければ転付命令の効力が及ぶこととなります。
 この違いはどこにあるのか、という点については判例解説などにも特に記載はありませんが、
 私の個人的な意見としては、弁済の提供と差押えの優先関係と同様に解することができることにあるのではないかと思います。なぜなら、
 Xとしては小切手を振り出したことにより、その満期に支払呈示を受けた場合には支払いを行わなければならず、かつ、その支払いに応じなければ
 不渡り処分となって銀行取引が停止してしまうという非常に大きなリスクを抱えます。このようなリスクを抱えた状態ではXとしては小切手の支払
 呈示を受けた時にはしっかりと支払いができるように準備しておくことが通常ですから、小切手を振り出したことによって、支払いのための準備を
 していることを通知しているのと同視することができます。したがって、小切手の振出をもって弁済の提供があったと言っても問題はないといえる
 からです。
 ZがYのXに対する100万円の支払請求権を差し押さえる前にXがYに対して弁済の提供をしていた(例えば、Yに対して支払うための100万
 円を準備して、支払う準備はできていることをYに対して伝えている)場合において、その後にZがYのXに対する100万円の支払請求権を差押
 えたとしても、Xによる弁済の提供の効果が覆されることは基本的にはありません。そうしなければ、Xからすれば、二重払いの危険があったり、
 やるべきことをやっていたのにY側の事情で一方的にその責任を問われることになる(弁済の提供をしていたのに遅延損害金の請求がされる等)な
 ど不合理な結果を生むからです。他方で、転付命令というのは差押えた債権を差押債権者(Z)に移すというものですから、それまでに行われた弁
 済の提供の効力が覆されるということはなく、弁済の提供はされたものとしてその効力についてもそのままZに引き継がれます。そして、転付命令
 が送達される前にXがYに対して弁済の提供を行っていたとしても、XはYに対する債務を「弁済」したのではなく、あくまで「弁済の提供」をし
 たに過ぎず、依然としてXのYに対する100万円の支払義務というのは残っています。したがって、Yとしては、Xから現実に100万円が支払
 われるのでない限りXに対して100万円を支払えという請求を行うことができます。そして、転付命令というのはXの債権者であるというYの地
 位をそのままZに移すものですから、転付命令がXに届くまでの間に弁済の提供がされていても、実際の弁済がYに対してされていない限りはZは
 Xに対して100万円の支払いを求めることができますが、これによってXが二重に支払わなければならないという事態に陥ることはありませんし
 、Xが弁済の提供後の遅延損害金を請求されるという事態は発生しません。
 したがって、転付命令送達前に小切手の支払いがなされない限りは転付命令の効果が発生し、それが覆されることはないと考えることによってXに
 不都合は生じないこととなりますので、X側からみれば上記の説明で理屈はつくと思います。
 しかし、上記の判例を前提とすると、仮に転付命令送達後にXが小切手の支払いを行ったという場合には、ZはYに対して「Xから受け取った10
 0万円をZに渡せ」という請求を行うことができるわけですが、上記①の前の箇所で申し上げたように、そもそもYは差押えを受けている(つまり
 Zに対して支払いを行うための十分な資力がないことが多い)わけですから受け取った100万円を消費してしまっていることが多いでしょう。そ
 うすると、Zとしては、転付命令を得たにもかかわらず何の満足も得られなかったという結果に終わってしまいます。このような結論はおかしいの
 ではないかと思います。
 以上の点を踏まえると、上記②の判例は不合理であると言うべきであると思います。
 確かに、手形・小切手等はその振出しの原因となった法律関係(上記の例で言う売買契約。以下、「原因債権」といいます。)とは基本的に無関係
 とされています(無因性)ので、その原則を貫けば上記判例のように理解することになります。しかし、そのように理解する場合には上記で述べた
 ようにZに多大な不利益を与えることとなり、Zがそのような多大な不利益を甘受するべき理由は存在しません。そうであれば、やはり、上記の無
 因性の原則の例外を認め、XはZに対して100万円の支払いを行うべき義務を負うと解するべきだと思います。確かに小切手は原因債権とは無関
 係ですが、その小切手は原因債権の弁済のために振り出されているわけですから、いわば原因債権と紐づけがされている状態にあります。そうであ
 る以上は、原因債権について転付命令が出されてZに移ったのであれば、それに付随して小切手債権もZに移転する(それに伴って、Yは小切手を
 Zに引き渡さなければならない)と解するのが合理的であるといえます。とはいえ、小切手債権は小切手の所持者に帰属するという原則を崩すこと
 はできないので、Xに「Yからの小切手の支払請求に応じてはならない」という法的義務が発生すると考えるべきでしょう。他方で、小切手の流通
 性保護の観点を無視することもできません。
 とすれば、問題はXが二重払いの危険を負うか、Zが債権回収不能となる危険を負うか、どちらが合理的であるかという問題に帰着しますが、これ
 は基本的にXが二重払いの危険を負担するべきでしょう。なぜなら、小切手というのは無因性を原則として原因債権とは無関係に流通するものです
 。つまり、小切手というのは常に二重払いのリスクを孕んでいます。そのような支払手段を選択したのはXであるのですから、Xとしては二重払い
 の危険を承知の上で小切手を振り出したと考えるべきでしょう。そして、Xとしては、二重払いを避けるための手段として「原因債権が差押えられ
 ているから支払うことができない」という主張を行うことができます(小切手がYから別の人(P)に移っており、Pが差押えについて知らない場
 合にはこのような主張はできません。これを人的抗弁と言います。)。この場合には不渡りになってしまうから事実上できないという反論もあり得
 ますが、2号不渡りの場合には異議供託金を支払って異議申立てを行うことによって回避することができます。また、Xとしては、自身の支払によ
 って債務が消滅するのであれば、それをYに支払うのかZに支払うのかについて特段の利益を有してはいないのが通常です。他方で、ZとしてはX
 が小切手を振り出しているのかどうかを知る術はありませんし、Yの債権者として(仮)差押えまで行っているのですから、X側の事情で一方的に
 債権回収不能のリスクを負担させられる理由はありません。
 つまり、ZよりもXの方が危険を負担するべき理由があるといえるからです。

以上をまとめると以下のようになります。
上記判例①については特に異論はないが、判例②については不合理であり、差押命令送達前に小切手が振り出されて転付命令送達後にその支払いが行
われた場合であってもそれによって被転付債権は消滅せず、差押債権者(Z)は依然として第三債務者(X)に対して被転付債権の請求(100万
円の支払請求)を行うことができる(すなわち、XはYに対して既に100万円を支払っていたとしてもZに対して再度100万円を支払わなけれ
ばならない)と理解するべきである。理由は以下のとおり。
①小切手債権は原因債権とは原則として無関係であるとしても、その無因性というのは小切手の流通性確保のために認められているものであるから、
 振出人(=第三債務者=X)との関係でその主張を認める理由はない。そして、原因債権が差押債権者(Z)の下に移転しているのであるから、
 少なくとも振出人(X)との関係においては「原因債権の支払いのために」生じさせた小切手債権も差押債権者に移転すると考えるべきである。
②このように解することによって第三債務者(=小切手振出人=X)は二重支払のリスクを負担することとなるが、小切手というのはもともと二重
 払いの危険性を孕んでいるものであり、いわば第三債務者(X)はそのリスクを承知の上で小切手を振り出したといえるし、人的抗弁を主張する
 などの方法により防御することも可能である。他方で、差押債権者(Z)は債務者(Y)が第三債務者(X)から小切手の振出を受けたか否かを
 知る術がなく、防御方法が存在しないにもかかわらず、差押えまでして、第三債務者に資力もあったのに何の弁済も得られないという多大な不利
 益を被ることとなってしまう。これらの点を踏まえると、第三債務者よりも差押債権者を保護するべきである。

以上が私の個人的な見解です。
2026年末に手形・小切手は廃止されて電子記録債権に代わりますが、上記の理論は同様に当てはまると思います。

ちなみにですが、今回の件を一緒に議論していたのは、親和法律事務所松山事務所の石山龍鳳弁護士でした。彼とはかなりの頻度でこういった議論
をします。こういった話ができる人というのはあまりいないので、私にとっては非常にありがたい存在です。
今回も彼のおかげで勉強になりました。
今後もこういった話を続けることができたらいいなと思います。
                                                      (文責:弁護士 佐藤優希)

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